流出テープの謎

日航123便のコックピットボイスレコーダー(CVR)の流出テープというのは2000年7月ころにマスコミに流れたそうです。
いったいどこの誰がなんの目的で流したものなのかは現在までほとんど情報がありません。
なんとか突き止めることはできないものでしょうか。ヒントになりそうなことを考察してみます。

手がかりとなりそうなのは2005年のTBS番組「ボイスレコーダー 残された声の記録 ジャンボ機墜落20年目の真実 生存者がいま語る事故の全容」です。
この番組ではビデオテープの実物らしき物が登場します。テープは2本あったようです。VHS方式ではなくソニーのベータ方式ビデオのテープであったことがビデオカセットのラベルで分かります。
番組ではドラマパートがあり、そこで2本のビデオテープが登場し、ドラマパートが終わって次のシーンでは2本の本物らしきものを取り出している場面があります。
まず、ドラマパートで使用されているテープと取り出されている本物らしきテープが異なることを映像で確認してみます。
JA8119と記載されているテープのラベルが異なるので、異なるテープということが分かりました。
したがいまして、ドラマパートで使用しているテープはドラマ用の小道具の可能性が高いです。似せたラベルになってますが、違うことが分かります。
では本物とされるテープは本物なのか?というと結構微妙で、流出テープをさらにダビングしたテープである可能性もあります。
なぜかと言いますと、ドラマパートの会話で、ダビングします、というセリフがあるからです。テレビ局でテープを梱包から開封するシーンでは、
それが、入手した流出テープそのものなのか、それともダビングしたものなのかはよく分かりません。
ダビングした人がラベルを手書きした可能性も無くはないです。
一応、番組では「テープの実物」として紹介されているので、本物として考察を進めます。
よく見ますと、ラベルの(L)エリアと記載されている下にうっすらと文字が見えます。その横の(R)にもうっすらと文字が見えます。
COP?とF/E?の文字のようです。COPが副操縦士の意味で、F/Eが航空機関士の意味です。
?マークがついているということは確信が無かったということでしょう。
ということは、流出元はボイスレコーダー解析に精通している人物というわけではないのかもしれません。少し距離のある人だったのかなと思います。
リークされたテープの内容がどのようなものだったかというのは全部が公開されているのかどうかもはっきりしないのですが、トラック別に別れた音声を2本におさめたものでしょう。
なぜ、2本のテープの種類が違うのでしょうか。大量にマスコミにばらまく目的でしたら、同じテープをまとめ買いして、ダビングしそうなものです。
ダビングの後で、ラベルを書くから、どちらか分かりやすくするために、2種類のテープを用意したのかもしれませんね。
そもそも、なぜ音声しか入っていないのに、ビデオテープなのでしょうか?映像は記録されていなかったわけです。カセットテープを使わなかった理由があるはずです。
送付するにしても、ビデオテープよりカセットテープのほうが小さくていいでしょう。
1980年代にはカセットテープより小さいマイクロカセットでの携帯録音機は一般的にあったので、もしもスピーカーから流れた音を密かに録音したものならマイクロカセットを使った可能性が高いわけです。
当時、テレビの音楽番組を録音するのにテレビのスピーカーに録音機を近づけて物音を立てないように静かに見守りながら録音する光景はよくあることでした。
しかし、リークされたCVR音声には123便以外の場所の音の痕跡はなさそうなのでスピーカー経由での録音ではないだろうとは思います。
光ディスクのMDは1990年代から市場に登場しているのでリークした2000年でしたら使うことも可能でしたし、
2000年でしたら、パソコンに音声を取り込んでDVDやCDに焼きこむという手もありました。DVDプレーヤー機能搭載のPlayStation2発売が2000年ですのでDVDは普及し始めてました。
家庭用DATは2005年に生産終了していたくらいなので、一般的にはあまり使用されてないです。業務用で使うことはありました。
ソニーがベータ方式のビデオテープの出荷を終了したのが2016年の3月で、2002年にはビデオデッキの生産を終了させてますから、
リークした2000年当時はベータよりもVHS方式が圧倒していたわけです。
このような背景があるのに、なぜベータ方式のビデオテープなのでしょう?MDやCDを使わなかったのはデジタル化過程での音質劣化を気にした可能性があるので分からなくはないです。
元々は映像も記録されていたが、映像を消したということなのか?なにかの映像と音声がリンクしそうな場面は思い当たらないのでそれもなさそうです。
ラベルが手書きなのはなぜでしょうか。2000年であればテプラもワープロもパソコンもありましたから、プリントアウトして貼ることも可能です。
音声だけなのにビデオテープ、ラベルは手書き、音声編集できる技術との印象とギャップがありますね。
とすると、やはり音声編集してマスターを作成した人と、ダビングして送付した人は別なのでしょうか。
2000年にダビングしたと仮定しますと、送付した人は機器操作とかは弱く、テプラも使えない、キーボードも使えない。単にダビングしただけでしょうかね。例えばマスターとなる媒体がビデオテープなら、それをカセットテープへダビングするには、
左右の音声出力をケーブルを接続してカセットデッキへ入力すればいいわけです。映像出力とは別なので、ビデオデッキ2台接続のダビングと、ビデオデッキとカセットデッキの接続でのダビングはやり方としてはほとんど違いがないです。
繋げるケーブルが違うだけ。しかし、カセットテープは使わなかった。その発想が出てこない人なのか、または機材がなかった、もしくは別の理由。
マスターとするカセットテープが1本できれば、あとはダブルカセットのラジカセでも簡単にカセットテープのダビングはできたはずです。

黒色のビデオテープの型番はラベルから住友スリーエムの「Scotch EG L500」ということが分かります。
「Scotch EG L500」の発売時期の詳細は不明ですけれど、1983年にはCMが制作されていたようですのでそのあたりに発売だったと思われます。
CMの売り文句としては「もうハイグレードはいらない。バックコーティングしたスタンダードビデオカセット」なので、高級なものではないです。
Scotch EGにはVHS用テープもあり、そちらのCMのほうが多いです。
1983年のCMではベータ用とVHS用の両方並べて出しているのですが、1987年のCMではVHSだけになってますから、ベータテープの出荷のほうは早めに終了していたのだと思います。
それに対して白っぽいほうのテープはSONYの「Dynamicron PRO-X」という最高峰グレードのものです。Lいくつなのか読み取れないのですがL-500かもしれません。
1985年の3月のパンフレットに掲載されてます。
音質にこだわってダビングするなら両方ハイグレードなテープを使いたいところですが、一方はグレードが低く、一方はグレードが高い。そのあたりのちぐはぐ感があるのですがその理由は不明です。
ラベルが少し掠れているのはこのテレビ番組が放送されたのが2005年なので、時間経過やその間の取り扱いによってラベルが劣化した可能性が考えられます。
テープが1985年にすでに発売されていたものだったということは、事故調査当時に既にダビングもされていたという可能性も少なからず出てきてしまいます。
マスコミ各社に送付されたということは、ある程度の数をダビングしているので、1985年にダビングしたよりは2000年にあたりに配布数を決めてからダビングするだろうと思う一方で、
ラベルの劣化具合やテープの発売時期からするともっと以前にダビング済という可能性も結構あるかなと思います。
入手した時点でラベルの劣化がどれほどあったのかが分かればダビング時期を判断できるとは思います。
ソニーは前述の通り2002年にはビデオデッキの生産を終了させてますが、「Dynamicron PRO-X」のビデオテープがいつごろ販売終了したのかは情報が探せませんでした。
テープの発売時期が1985年ということを考えますと、ダビング時期を2000年とすると、もっと新しい型番のテープはあったわけなので、わざわざ古い型番のテープを購入するのも違和感があります。
もしも、1985年に近い時点でダビングを行っていたとしたら、MDやCDのデジタル媒体はないですし、まだワープロよりも手書きの時代でしたからプリントしにくい狭いレイアウトのラベルを手書きで書いたとしても不思議ではないです。
また、リークした人がラベルを書いたと仮定した場合は筆跡から身バレの恐れを感じなかったのかという疑問が出てきてしまいますので、事故調査時に事故調関係者が書いていたとしたほうが辻褄は合うと思います。
1985年あたりですと、ベータ方式はすでに劣勢でVHS方式が主流の流れができてました。しかし、まだまだベータ方式を使っている人も多かったです。
そうなりますと、ビデオテープかカセットテープかマイクロカセットの3択ですからマスターとなる2本と全く同じ型番のテープを使用したとすれば不自然さはありません。
当時は画質や音質で選ぶとしたらVHSよりベータだったのです。画質、音質の向上した規格のS-VHSが一般に普及し始めたのは1990年代ですから、それまでは質優先ならベータ方式を選択するのは賢明です。
逆に考えますと、ダビング時期が2000年であるならVHSまたはその他のメディアを選択したほうが賢明です。
情報公開法が2001年4月1日施行なので、「ジャンボ機墜落20年目の真実」のドラマにもあったように、その前に123便事故資料の廃棄の動きがあったとすれば、
もともと事故調査時点でどこかに配布予定で多数ストックされていたテープを廃棄せずに個人的に保管していてばらまいたということなのでしょう。
廃棄することに不服だったのだろうと思います。
実は2000年以前にも流出テープはありました。TBS系列でのJNN報道特集(2000年頃)では「そしてもう一つのテープ。87年報道特集が入手検証した管制官との交信記録である」として紹介されてます。オープンリールのものです。
ソニー製のテープが映ってます。ちなみにテレビ局が使用しているデッキはNAGRA-IV-Sです。
音声解析に使用した本当のマスターテープはオープンリールなのだろうと思います。また、CDなどの媒体でデジタルにしますと、人の耳に聞こえない周波数がカットされてしまいますから、アナログテープというのは周波数解析するには良い媒体です。
ビデオテープは声の確認用またはプレゼン用と考えたほうがいいと思います。
流出はいろいろな経路であったようで、テレビ番組のドラマパートではビデオテープ入手以前にカセットテープでのCVR音声を関係者から入手していたことが描かれてます。ただし、ビデオテープよりも音声が悪いものだったらしいですから、おそらくビデオテープのほうがマスターに近いものだったのでしょう。
マスターのビデオテープは、報告やプレゼンで使用するために事故調査当時に事故調が作成して関係者に公開するためのものだったと考えたほうがいいのかもしれません。
事故調査当時に音声編集よりもむしろ映像製作に慣れている人がビデオテープを使って編集をしたということなのかもしれません。
それか、会議室にベータ方式のビデオデッキはあったけれど、カセットデッキは無かった。だから音声だけの内容でもビデオテープにしなければいけなかった。そんなところでしょうか。
事故調にベータビデオ編集用の業務用機材があり、それを使ったのかもしれません。マスターがベータ方式のビデオテープだから同じ種類のビデオテープにダビングされていた。
ワープロを使う習慣がなく、ラベルはペンで書くより他に方法が無かったと考えたほうがいいのかもしれません。
事故調内で編集済だったビデオテープをマスターとして、当時すでにダビング済だったものを2000年になってから送付しただけ。そう考えたほうが腑に落ちます。
ラベルが1985年に近い時点で既に貼られていたとすると、うっすらと記載されていたCOP?とF/E?の?記号が気になります。
CVR音声をトラック別に編集する能力のある人がラベルを書き、?と追記する理由があるのでしょうか。ダビングとラベル作成+リークはそれぞれ人も時期も違うのかもしれません。
それとも、まだ事故調査が本格的に始まる前段階で、CVR音声を有識者に聞いてもらうための素材だったから、?マークで不確定と表現したのかもしれません。
ところで、ベータ方式では録画モードが録画品質により3段階あって、L-500にはそれぞれ60分、120分、180分の時間録画できます。もっと長い時間録画できるビデオテープも発売されてました。
CVR音声などがそこに何分録音されていたのかは情報がないので不明ですが、CVR自体は32分程度が限界なので、一番良い品質モードでダビングしても時間が余る計算です。
1本のテープにまとめて編集しようと思えば録音時間次第ではできそうですけれど、マスターのビデオテープが2本構成だったのかなと思います。
少なくとも1本は最高峰テープだったということは、事故調が業務用に使っていた型番のテープという可能性があるように思います。
業務で映像編集をするにはソニー製品を使うことが多かった時代です。
録画の品質の最も良いモード(ベータ1)というのは、民生品のビデオデッキで録画がサポートされているものは少なかったので、入手ビデオがなんのモードだったのかは不明ですが、
業務用のビデオ編集機器ではサポートされてましたので、それを使って品質の最も良いモードで編集した可能性が高いかと思います。
そうするとやはり事故調の機器で編集したと考えたほうがいいのかもしれません。
少なくともマスタービデオテープを編集したのは2000年ではなく、それよりかなり以前の1985年に近い時点だろうと思いますし、ダビングも同じ時期だったのではないでしょうか。

リークした人がダビングをして、ラベルも書いた可能性は低いとは思うものの、そうではない可能性もあるにはあるので、一応、その可能性も考察してみます。
ラベルの筆記が残っているということは、もしも、リークした人がラベルも書いたということでしたら、
その筆跡を調べていけばラベルを書いた個人を特定できるのではないでしょうか。
事故調関係者であるなら、昔に普段作成していた手書きの資料というのが残っているでしょうから、一人一人の筆跡と比較すれば分かりそうなものです。
流出させたことをもしも事故調が警察に被害届を出していたなら、このあたりから個人を特定できた可能性はあります。
おそらく事件化はしていないと思いますから、事故調としても流出自体はあまり本格調査する気はなかったのかもしれませんし、もしかすると事故調にとってリーク音声があったほうが都合がいいという判断なのかもしれません。
しかし、もしも警察に持ち込まれる案件であったならラベルの筆跡は捜査対象の重要な証拠となったのは間違いないでしょうし、ビデオテープから指紋もとれたかもしれません。
警察案件ではなくても事故調単独で個人を特定できた可能性は少なからずあるので、やる気があれば調査したことでしょう。
しかし、特定する気もなかったんじゃないでしょうか。そこまでやらなくても、なんとなく誰がリークしたかは察しはつくけど、おとがめなし、だった可能性すらあります。
よく、CVR音声は事故調査以外に使ってはいけない、非公開、といったようなICAOの原則縛りを耳にしますが、事故調がこのリークを見逃し続けているということは原則というのはガチガチに不可侵なものでもないということですし、
なによりも事故調査に悪影響があったわけでもないです。それは123便の事故調査に限らず、他の事故調査に悪影響はなかったという意味です。
ドラマの中の話が事実であるなら、そもそも日航関係者経由で非公式にCVR音声のカセットテープを流していたわけですから、原則というのがあくまで表面上のものということがわかります。
誰がリークしたかを特定することがいいことなのかどうかは倫理観によるのでしょうけれど、そろそろ流出させた本人自らが種明かししてくれてもいい頃ではないでしょうか。
責任なんて今更問われないでしょう。むしろ称賛されるんじゃないですかね。ただ真実が知りたいです。