日航123便考察 大月付近の旋回で富士山が見えるかどうかの検証
客室左の窓から富士山が見えたという証言の妥当性を検討します。
大月旋回南端付近で富士山を見たという想定として解析します。
証言者の方は通路側の席でした。富士山が真横となる位置を特定します。
証言を確認します。
「左の窓の少し前方に見えた富士山は、すうっと後方に移動していきます。
富士山が窓のちょうど真横にきたとき、私は安全姿勢をとって、頭を下げた」

飛行経路略図の航跡を強調して地形図と重ねたもの

事故調フライトデータ(DFDR)の機首方位角(HDG)のグラフ

18:37:45から18:48:44まで抜き出します。

HDGを赤色でトレースします。

HDGの赤色だけ抜き出します。

HDGは0度から360度の値をとるので、0度と360度をシームレスで接続します。

方位角(HDG)を航跡の進行方向と仮定して、18:37:45から18:48:44まで等速移動したと仮定して航跡を描きます。
(縦横軸のスケールの値に意味はありません)
なぜ大月付近で旋回しているのか不思議に思われるかもしれませんが、
海外の航空機事故でもコントトールを失って旋回軌道になっている例はありますので、バランスを失った航空機の挙動としては特殊なことではありません。
DFDRでの機首方位(HDG)グラフをみて数分間でスムーズに360度遷移していることからも、旋回していた事実が確認できます。

真対気速度を事故調フライトデータ(DFDR)のTAS1から取得します。

HDGと同様に18:37:45から18:48:44まで抜き出します。

TAS1だけ抜き出します。

TAS1を赤色でトレースします。

TAS1の赤色だけ抜き出します。

航跡を作成するときにTAS1の速度を考慮して描画します。
縦横軸の単位はkmです。
航跡の位置は方位角から計算してます。方位角は必ずしも進行方向とは一致していないため、誤差はありえます。
この図の場合は進行方向と方位角が一致してます。

地図に重ねます。スケールは実際の地図に合わせているためほぼ正しいです。
旋回交差点を事故調の航跡に合うように配置してますが、便宜的に合わせただけですので、絶対位置としてはズレがある可能性があります。
事故調の航跡は三角おむすびを逆さにしたような形ですが、HDGのグラフを見ると、スムーズに角度が変化していっているので、
おそらくこちらのとがりの小さい円航跡のほうが正しいのではないかと個人的には思います。
事故調の航跡は、航跡全体を作成するためにレーダーサイト情報から絶対位置を決めていることが想像できます。
DFDRからの解析では、経路の距離が長くなるほど、誤差が累積してしまうため絶対位置との差が次第に大きくなる傾向があります。
全体のざっくりした絶対位置はレーダーサイト情報のほうが正しいのですが、細かい航跡の変化はDFDRから解析したほうが正しいと思われます。
今回は機首方位角と速度データだけ使った2次元の計算をしてますので、他の指標も使って飛行モデルで3次元計算すればもっと精度は良くなるはずです。
以前の過去動画での航跡解析では機種方位角から方位変位を解析して、それを横方向変位として計算しましたので、その横方向変位の計算が一手間余計だったぶん、誤差が入る余地もあり、
今回の計算方法のほうが精度は高いです。方位角とスケールは実測と同じくほぼ正しく描画出来ていると思います。

富士山頂上から旋回中心までの補助線を引き、その角度は219度と算出されました。
プログラムで出力した時刻と角度のダンプを確認します。
219度(方位角が富士山方向と同じ)となる時刻は18:42:19です。
そこから90度プラスして、
309度(方位角が富士山方向と直角)となる時刻は18:43:03です。つまりこれが窓から真横に見える時刻です。
ざっくりプラスマイナス20度なら見えるという仮定で時刻を割り出すと、
-20度の239度が18:42:50となり、+20度の329度が18:43:15となりました。
DFDRの紙の資料からの解析となってますので、誤差が3度くらいはあると思います。
旋回の付近を拡大して図示しました。

この時のロール(RLL1)を事故調のDFDRのグラフで確認します。

18:43:03付近を抜き出します。

RLL1だけ抜き出します。

-20度の18:42:50から+20度の18:43:15範囲を赤で図示します。
緑線の18:42:19は富士山方向と機首方位が一致している時刻ですので、この時刻以降が方位角だけを考えると左窓から見える範囲です。
青横線がロールが10度または20度となる位置です。
赤い範囲ではロールの最低値が20度から7度程度となっていることが確認できます。

まとめ

窓の左前に見えた時刻は-20度の18:42:50以前と考えられます。
窓の左真横に見えた時刻は18:43:03と考えられます。
プラスマイナス20度の方位角度範囲の仮定は特に無理なものではないので妥当だと思います。
窓に対する顔の位置次第で20度のずれはカバーできると考えられます。
むしろ、少し前のめりの姿勢で窓を見たとすると、20度以上の後方振り返りとなり、+20度の18:43:15の時点を真横と錯覚しても不思議ではありません。
富士山までの距離を24400m、飛行高度5500mから3380mの富士山頂上付近を見下ろしたと仮定しますと、見下ろし角は5度
機体のロール角が20度から7度として、さらに富士山頂上付近への見下ろし角度は5度下向きを考慮しますと、
普通に席に座った状態で、富士山を見るのは難しく、座った姿勢のままでは見ていない可能性が高いかと思います。
しかし、席から少し腰を浮かして立ち上がったり、前のめりになって、窓の近くへ顔を寄せるなどすれば、十分に富士山頂上付近が見えただろうと思います。
証言者は非番の客室乗務員でした。自身の体を窓際に座る隣の乗客の体に触れずに、窓上部に寄せるという技術は持ち合わせていたと考えられます。
そのように体の姿勢を変化させたという証言はありませんが、詳細までは不明ですのでありえることは考慮すべきでしょう。
富士山を見る直前、隣の乗客にうしろのL5ドアへのサポートをお願いしたとされてます。L5ドアの位置確認のために立ち上がって指を差すくらいはやっていてもおかしくはありません。
このように窓際に座る隣の乗客とコミュニケーションをとっていたので、現在位置を確認するために、意識して体を窓方向に寄せて、外を眺めたということも考えられます。
さらにそれ以前には、他の乗客のライフベスト着用を手伝うために席を立ってますから、その時に窓から見たという可能性もあるのではないでしょうか。
「左の窓の少し前方に見えた富士山は、すうっと後方に移動していきます。」というのは、立って見ていた可能性もあると思います。
旋回の絶対位置が実際は全体的に少し右(東)にずれていたり、また、今回の角度読み取り誤差があったとすると、時刻範囲が7秒程度後ろにシフトして、ロール角最低値が5度となり、見える条件がさらに緩和されることがありえます。
また、そもそも「富士山が窓のちょうど真横にきた」という表現は、富士山の目視を意味しないのかもしれません。どこかの時点でチラリと目視した後で、旋回の状況から、真横くらいになっただろう時という予測なのかもしれません。
証言には報道によって表現のぶれがあり、どの文章表現が確かなのかは、はっきりとは分かりませんでした。いろいろな可能性があると思います。
証言の文章表現が正しかったとしても、証言者の思い違いやあいまいな記憶の部分もあるでしょうし、そのあたりも考慮しますと、
どこかの時点で左の窓から富士山を見た、という程度の可能性はあると言えます。検証としてはそれで十分でしょう。
参考までに「羽田に戻ればいいな」と感じたのは、救命胴衣着用を手伝うより前の時間帯の話のようですので、今回の考察には含めませんでした。
「尾翼に何が起きたか」番組での大月旋回目撃の検証
番組内で山梨県都留市からの123便目撃情報があります。
過去考察で目撃情報というのは扱っていなかったのですが、一部の仮説で大月旋回は無かった、DFDRは改ざんされている、とする根拠にもなっているようですので、
この目撃情報からは、大月旋回を否定するものではない、という考え方を示したいと思います。
番組内でまず都留市にある川にかかる道路から遠くの山々を眺めた映像があります。続いて、目撃者が指差しで航空機位置の説明をするインタビューシーンがあります。
道路からの引きの映像の左の山が、おそらくインタビュー映像での背景の山と同じであると思いますが、映像からははっきりとはわかりませんので、間違いかもしれませんが、
ここでは仮に同じ山として考察します。
一見すると、この2つの撮影場所は同じように思えてしまうのですが、電信柱の有無や草木の有無などから、異なる位置での撮影ということが分かります。
道路からの引きの撮影と、人と背景の山を同時に移す撮影とでは、レンズが異なっている可能性もあり、山の遠近感はあてになりません。
道路からの引きの映像の撮影ポイントはgoogleストリートビューで朝日川に架かる道路上と確定できますが、インタビュー位置は、前方に草木があることから、もっと山に近い位置と思われます。
山に近いということは、稜線への見上げ角が大きくなるということです。
インタビュー映像での記者と目撃者の立ち位置や、背景から、左から右へ下がる傾斜がありそうです。また、手前から奥へかなりの登り傾斜がありそうです。
山の稜線付近への指差し角度は10度以下程度に見えるものの、カメラの見上げ角度は不明です。かなり、低い位置から見上げているようにも見えます。
インタビュー位置を、引きの撮影ポイントよりも山の近くと仮定してみます。事故調の航跡によると旋回で最も距離がある位置へは、10kmほどあったと解釈できます。
その時の、飛行高度は20900フィート(6370m)ですから、tan31度が0.6なので、6370/0.6=10617m(約10.6km)です。

(googleマップより)
つまり、31度の見上げ角であれば、10.6km先の20900フィート上空を飛行していたとなりますから、
地図で見ても、2kmほど誤差はあるものの特に大きな矛盾はなさそうです。
撮影ポイントや見上げ角次第でかなり距離には差ができてしまいます。
目撃者の記憶が確実かどうか分かりませんし、撮影ポイントも未確定ですので、
あいまいさを考慮した場合、大月旋回を否定するものではないということは言えるかと思います。
図引用元:運輸安全委員会ホームページにて公開されている下記の資料
62-2-JA8119 日本航空(株)所属 ボーイング 747SR-100型 JA8119 群馬県多野郡上野村
62-2-JA8119-05.pdf p141 付図-5 胴体ステーション及び座席配置図
62-2-JA8119-05.pdf p137 付図-1 JA8119飛行経路略図
62-2-JA8119-11.pdf DFDR図
日航機墜落事故の事故原因について疑問を感じている人向けに、公式の圧力隔壁破損説ではない別解を以下の動画で提示してます。
データから科学的に導き出した仮説を知りたい方はぜひご確認ください。
日航123便考察動画シリーズ by cooyou.org
P.S.
第4エンジンが簡単に分離するのはおかしいという主張が一部でされているようですが、当時のエンジンというのは簡単に脱落するように設計されてます。
簡単に言ってしまいますと、固定ピンで吊り下げられているだけなので、小さな衝撃でピンが切断されれば、脱落するようになってます。
そのほうが安全性が高いとされていたからです。
追加考察
上記の考察を以前に公開しておりますが、加えて、さらに深堀りしていこうと思います。
秋山村目撃証言
123便の目撃証言というものは、他にも次のようなものがありました。
「北方から飛来し秋山村上空で360度以上急旋回をして北方へ低空飛行」
この秋山村ですが、おそらく山梨県南都留郡の秋山村と解釈できます。
秋山村は東西に長い地域です。以下の位置になります。大月旋回に近い位置です。

(googleマップより)
これを前述の大月旋回の図と重ねてみます。

(googleマップより)
秋山村のどこで目撃したのかは定かではないですけれど、可能性の高いのは西端の無生野という地区です。
なぜ、その地区の可能性が高いのかは証言者の個人情報と関係するので解説は割愛しますが根拠はあるのです。
航跡では旋回の東端に位置しますので、旋回の中から見上げている可能性があります。
特に、証言との矛盾はなさそうです。
全日空小松便機長からの目撃証言
他にも、当日、同時刻に羽田発全日空小松便の機長から日航123便を目撃したとの情報があります。
これは前述の「尾翼に何が起きたか」番組でも紹介があるのですが、小松便のレポートと地図を重ねてみました。
レポートの画像は遠近法の歪みを補正して、地図の縮尺と一致するようにしてます。

かなり分かりにくいくて申し訳ありません。
羽田から、神奈川県を横断して、山梨に抜ける小松便の航跡が分かるかと思います。
丁度、大月旋回の下を掠めているような位置です。
小松便のレポートの航跡はメモ書きのようなものなので、地図と重ねるにはかなり無理があるので、まったく厳密さはありませんが、
羽田より南の位置からほぼ西へ直進するような航跡であることが分かります。東京都の南端よりもさらに南を通過した形です。
ごちゃごちゃして分かりにくいので、もうすこしすっきりした図と重ねます。

(googleマップより)
かなり旋回のメモ図とは旋回の大きさが異なるのは、旋回を分かりやすく説明したメモだからでしょう。
赤い線が目撃した方向なので、大月旋回の開始前の北上を目撃したものと思われます。
そして、大月旋回の南端まで迫って通り越したところで、右後ろに旋回の南端まで来ていた123便が見えたということだと思います。
時間的な確認をしてみます。
事故調査報告書から、大月旋回開始前の北上時点の時刻を18時40分0秒として、旋回南端付近時刻を18時43分0秒だとしてみます。
その時間差は180秒です。
これは目撃時間間隔が3分との新聞報道の情報がありますから、それを踏まえた時刻の割り振りをしてます。かなりアバウトな値と考えてください。
事故調査報告書では、小松便は座間経由で飛行した、との記載がありますから、参考に下図で座間市を図示しました。
一応、小松便証言レポートの267というメモ書きから、座間付近から目撃終了地点までの航路の方位は267度の角度に合わせて図示してます。
同様に、座間手前あたりまでの航路には283というメモ書きもありますので、それも航路の方位283度と解釈して図示してます。
新聞報道では小松便航路よりやや北の位置に座間ポイントという図の記載があり、相模原市上空の座間ポイントという記載もありまして、
それはどこかと推測しますと、おそらく座間市北端に隣接する米軍座間キャンプのKASTNER AAFという地点のことだと思います。
座間の東9キロで管制から123便の視認確認を求められ、そこで前方右上に発見したとの新聞報道があります。
ただ、その位置ですと、123便とは距離がありすぎて少々整合性が低いです。もう少し近いほうが整合性がとれます。
そこで、およそ20秒後に発見したと仮定してみます。
すると、座間市のやや東が目撃開始地点となり、そこから目撃終了地点までの距離は、おおよそ45kmほどです。
視認確認を求められてから視認までに20秒の時間間隔(4km前進)が必要だったという仮定はまずまず妥当な範囲かと思います。
地図上では視認した地点から123便に薄青線を引いてます。ほぼ航路と方向は一致してます。これですと、前方やや左上に見えたように思えてしまいますが、
目撃開始地点では小松便自体が既にやや左旋回をしていたと仮定しますと、機種方向に対して前方右上に123便が見えたということはありえますし、(図では直線を繋いだ折れ線ですが、厳密には曲線の航路)
少なくとも数秒後から目撃終了までは右側に見え続けるので、前方右上という表現になったのかもしれません。
目撃開始地点の小松便の高度は新聞報道によると18000フィートで、その時の123便の高度は22400フィートですから、高度も証言内容と矛盾はありません。

(googleマップより)
目撃終了後は、小松便は北西方向に進路をとっているので右後ろに123便は去っていきます。
目撃終了地点での123便高度は18600フィートですから、小松便が高度を維持していたとすると、右後方へ去っていたように見えたとして矛盾はありません。
一般的に羽田発の航路としましてはYANAGとTANZAという航路の目印を通ることが予想されるのですが、上図の航路ではTANZAの位置とはずれてます。
上図の航路が正確ではないのか、TANZA上空は通過していないのが正解なのは不明ですが、小松便は本来の高度とは違って18000フィートを維持するように管制から指示されていたので、
方角においても通常とはすこし異なっていた航路をとった可能性はあるでしょう。
羽田より10kmほど南の海岸線を通過するのは、一般的なYANAGとTANZAを通る羽田発の航路と一致してます。
個人的には上図の航路でおおよそ正しいのではないかと思ってますが、ざっくりとした情報から推測しているので正確ではないかもしれません。
小松便の速度を仮に時速900kmとしてみましょう。すると45kmを進むには180秒かかりますから一致してます。
速度の仮定が正しいのか、時間範囲の情報が正しいのかは、分かりませんが、
目撃情報というのは、いろいろと誤差や細かい間違いを含む部分が多いでしょうし、新聞報道もすべてが正しい保証もありません、
そのあいまいさを考慮しつつ大筋で一致したと考えて下さい。
それ以上厳密な考察というのは、もっと細かい確定情報が無い限りはあまり意味がありません。
特に事故調航跡と矛盾がないことが確認できました。
全体の航跡を再現する
せっかくですので、大月付近だけでなく、全体の航跡をDFDRから再現してみます。
前述と同じように機首方位角と真対気速度から計算してみました。次のような形になりました。

かなり事故調航跡と似ている形になってます。二次元の単純計算でもかなり一致してます。
羽田を起点として事故調航跡と重ねてみます。

全体的な絶対位置がずれてます。絶対位置との補正は行っていないですから、次第にずれるのは仕方ないにしても、
特に、羽田から、伊豆半島までの角度が違っているのが気になります。どういうことでしょうか?
異常事態発生前から角度が合っていないのです。
ひとまず、その原因は置いておきまして、画像をゆがませて一致するかを確認します。

薄い青色の線が元の不一致の航跡で、それを全体的に平行四辺形に歪ませました。
このようになります。

このように事故調航跡とかなり一致しました。
再度確認しますが、これはDFDRの機首方位角、真対気速度と画像の全体的な歪み、だけで作成したものです。
計算方法はベクトルと三角関数を使っただけですから、高校生レベルの数学しか使っておりません。航空工学のモデルは使っておりません。
なぜ画像を歪ませると一致するのか?なんの影響なのか?と考えますと、不一致の原因は、全体的な計算誤差か、それか、おそらく風だと思います。
事故調査報告書によりますと、DFDRの計算にて、
一定に北西308度の風9.5ノットを加えることでレーダー航跡と一致した、と記載がありますから、
確かに、北西からの風で、機体が南東方向に流されがちだったとしますと、平行四辺形での補正とも辻褄が合います。
特に、異常事態発生前の機首角度は丁度横風を受ける角度ですし、風の影響でずれたと考えて矛盾はないかと思います。
若干の懸念としては、風が一定という前提は正しいのか?ということの確認がとれていないことでしょう。
また、実際はどれほど風で流されるのかという定量的な検証は出来てませんので、風の影響だけなのかは不明です。
123便は普段から真っすぐに進まない機体だった、という話もあるので、機体の歪みや左右の重心位置がずれていた可能性は残ります。
しかしながら、垂直尾翼のある時間帯と、ない時間帯とで関係なく、機種の方位とも関係なく、一定の変形で、航跡が一致しましたので、
垂直尾翼の作用で真っすぐに進まないことを補正していたと仮定するなら、逆に、その証拠はない、ということにもなるのです。
そうしますと、やはり、全体的な計算誤差または、風の説明を正しいとするほうが矛盾が少ないように感じます。
さらに、深堀りしますと、で、あれば、
風の影響によって、左右旋回していたのではなく、機体の重心バランスが変化したことで左右旋回していたと見なすほうが妥当だろうと思いますし、
これまでの考察動画でも同じ結論でした。
総じて機体の重心バランスを意図的に変更できた可能性は低いものの、例えば、ギアを意図して出した影響で大月旋回に入ったことはおそらく確かですから、
360度旋回したくてギアを出したのかは不明ですけれども、少なくとも航跡の一部では意図した操縦操作の影響が出ていたと考えるほうが自然です。
意図した方向に旋回できたと言っているわけではないので誤解ないようにお願いします。
結論としましては、左右旋回は、風の影響よりも、機体の重心バランスの影響のほうがはるかに大きかったということです。
もちろん、風の影響がきっかけで機体の重心バランスが変わったということも考えられます。
当然の結論ですので、わざわざ強調するほどでもないです。しかし、このような簡単な検証すらほとんど誰も出来ていないのが問題だと思います。
追加P.S.
個人的には事故調説というのは間違っていると思っているものの、航跡に関してはほぼ報告書の通りだと思ってます。
報告書に不満があったにしても、なんでも反対すればいいというものではありません。正しいのは正しい。それでいいのです。
考察でやり残したことはないと思っていたのですが、
深掘りしないといけないものがまだ残っていたことに気が付いてしまいました。CVRの会話分析とか、違うんじゃないの?と思うところもあります。
今後の予定です。下記関連について大幅加筆します。軌跡の検証では、ブラウザで動かせるリアルタイムシミュレーション掲載予定
墜落時の航跡、水平尾翼の軌跡考察
異常事態発生時の航跡、海底探索範囲の考察
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