「カクヨム」サイト上で公開の短編ノンフィクション

「日航123便公式説を覆す41年目の新証言」関連資料


・目撃者の方へ提示して、最も近いと思われる航路に丸をしていただいた図。5番に丸がされてます。1番は事故調査報告書の航路
 赤い円が地震研究所を中心とした候補円
 この質問をした時点では方角等の目撃情報をまだ未確認の時点のため、可能性の高そうなさまざまな航路を候補としてます。


・目撃情報から地震研究所の微気圧振動観測を考慮して本考察で最も可能性が高いと推定した航路。事故調査報告書の航路との比較
 赤い円が地震研究所(図では地震観測所と表記)を中心とした候補円
 異常事態発生地点は事故調査報告書地点より北東に5kmほどずれてます。
 青色の星印の位置が目撃者の位置です。
 上記図の5番とは右旋回の位置が異なってますので、目撃者の方の印象の上記図5番に近いほうが正しい可能性もあります。



・飛行機雲(煙)について
当時の事故調の調査員は機内空気の吹き出しによる蒸気と考えていたようです。
読売新聞社1991.7鶴岡 憲一/北村 行孝著「悲劇の真相:日航ジャンボ機事故調査の677日」p187によりますと、以下となってます。
(※詳しくは国会図書館のオンラインでも閲覧できます。個人登録必要)
「調査官が、もう一つの証拠として指摘したのは、異常発生直後の8119機の目撃証言である」(※8119とは123便の機体番号です)
「河津町のタクシー運転手」の証言として、(※河津駅前の地点での目撃)
「尾部からは白い煙を吹き出した」(※筆者の言葉で記載)
「見た白い煙についてベテラン調査官は「あれこそ、機内の暖かい空気が大量に流出したため発生した大量の霧だった。」」
などと記載があります。
ところが、この目撃の時刻というのは異常事態発生から1分ほど経過している時点です。
隔壁開口による機内気圧が外気と同じになるまでは事故調査報告書によりますと7秒ほどしかありませんので、7秒間は大量の空気が漏れる理屈なのですが、
それ以降はエアコン空気供給量程度しか流出はありえないのです。
また、白いという色についても各新聞でのタクシー運転手の証言では「黒っぽい色」としていて、
新聞では「バスが急坂を上る時に出すディーゼルエンジンの排ガスの色」と具体的な証言をタクシー運転手の直接話法で掲載してます。
(※当時のディーゼルエンジンの質の悪い黒い排ガスの色を表現したものとみられます。)
つまり、事故調は明らかに事実誤認をしていて、事故調査報告書では説明ができていないばかりでなく、事故調査報告書と矛盾する理屈を調査員は述べてます。
「暖かい空気」というのも隔壁説としてはありえないのです。断熱膨張によって隔壁開口から7秒でマイナス40度以下となり、60秒後にやっとマイナス15度になる計算です。(外気はマイナス15度程度でした)
今回の新証言はこのタクシー運転手の方とは別の方の別の位置からの目撃証言ですので、黒っぽい煙状のものであったことはほぼ確実になりました。
事故調はその黒い煙状のものを出していた原因は機体残骸からは発見できてないのですが、それはつまり、
火災等の証拠を見逃しているという証明になっていることに他なりません。
柳田邦男氏の仮説Xの根拠となっているAPU燃料の気化爆発事故証言の、爆発の痕跡が見つからない、という状況と同じく、123便においても痕跡が見つけにくい爆発だったのかもしれません。
※柳田邦男氏の仮説Xについてはこちらで紹介してます。(「納得感のある開かれた事故調査」と称賛寄稿した作家がなぜ気化ガス爆発という仮説Xを出していたのか?)
参考:燃料のケロシンが完全燃焼すると水と二酸化炭素になります。

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Youtube動画 真実を追求するシリーズ
大月旋回などの航跡に関する考察
ブラウザで動くDFDR航跡シミュレーション
日航123便異常事態発生地点候補 音速・伝達距離マップ(地表球面、高度考慮円)
日航123便便最強真相考察
「日航123便圧力隔壁の日航も認めた理由不明な事実」関連資料